SENNHEISER
HD600
high-quality, audiophile-class headphones


hd600.gif (143994 バイト)写真撮影はRICOH RDC-5000及びDC-4にて行っています

HD600概要
 HD600はゼンハイザーのダイナミック型ヘッドホンのラインアップの中で最上位に位置するヘッドホンです。透明で解像力の高い音質を有し、「ダイナミック型としては世界最高の音質を持つ」と考える人も多く、ダイナミック型ヘッドホンのリファレンスモデルと言ってよい製品です。

 他の高音質ヘッドホンと同じように、オーソドックスなオープンエア・耳覆いタイプ(open-air/circumaural)のデザインで、コモリ感のある音質を追放するとともに、快適なかけ心地を実現しています。

 価格は国内定価が\69,000で、ダイナミック型としては国内ではもっとも高価な部類に入ります。決して安くないのですが、価格に見合うだけの音質・使い心地を有します。予算が許せば、高級ヘッドホン入門者の方にもぜひお奨めしたい機種です。


  >>>>特長

 



●本来は安価で高音質なヘッドホン
 実はこのHD600、海外では日本の2/3〜1/2程度という安値で販売されていて、そこそこ手軽に入手できる高音質なヘッドホンと考えられています。「高価である=音がよい」という偏見のない海外でもHD600は高い評価を維持しているわけです。
 お膝元のドイツでは、専門店ならなんと消費税(16 %!)込みで399 DM(1DM=53円として約21,150円)、税別なら18,500円位に相当」ということです。ビックリ!!実際に、こちらのお店から直輸入で、約27000円(本体 399DM、送料 80DM) で入手された方もいらっしゃいます。

 本来なら、「安くて音がいい!!」の決定判のはずなのに・・・
 HD600に限らず、スピーカ等オーディオ機器の輸入品の定価が高価というのはもはや一般的な現象です。ですが、HD600に限って言えば、輸入代理店のゼネラル通商は中間マージンを取りすぎなのではないでしょうか!?現地価格の3倍以上(!)という定価を知ってしまったあとでは、なかなか素直な気持ちでは買えないものです。

 



●デザイン

 写真を見ていただくのが早いと思いますが、大変シンプルなデザインです。

 入力コードは、最近の国産ヘッドホンでは敬遠されがちな左右別々仕様。 のっぺらとした大きな開口部のグリルからは、中のドライバユニットが顔を覗かせています。国産のデザイン性重視のヘッドホンに見慣れた方には、少々抵抗感があるかもしれません。
 このようなデザインは、音質優先の思想で練り上げられたもので、大きな開口部も裏を返せば、音の濁りの原因となる余分な音を、出来るだけ外に逃してやろうと言うことなのでしょう。じっくりと眺めてみると、実に洗練されたデザインだと感じられます。スタックス同様、機能性を重視し、無駄なところにお金を掛けないという、趣味の良さを垣間見ます。

 このようなデザインになっているもうひとつの理由は、メンテナンス性の向上にあります。イアパッドだけでなく、入力コードや左右別々の発音体(カプセル)・ヘッドバンドのそれぞれが分離可能で、万一の故障の際も簡単に対処することができるようになっています。プロフェッショナルユースに鍛えられたヘッドホンと言う感じがします。

 懸念事項は、カプセル(発音体ユニット)側のコードの接点。接触面積が小さく、やや心配になります。実際のところ、カプセルとコードの接触問題はHD580/600でよく問題にされているので、作者も今後の様子に注意していくことといたします。Sennheiserは既に改善してあると言いますが・・・。

 プラグはステレオミニ・ステレオ標準両対応の2-wayプラグです。一般的なネジ式とは異なり、ミニプラグが標準プラグアダプタの中に深く入り、胴体ごとガッチリと固定されるようになっています。信頼性が高いだけでなく、ミニプラグで使用するときにも、胴が不必要に長くないので、使いやすくなっています。

 HD600には簡易的なストレージケースが付属します。ほとんどヘッドホンの安全な保管という実用目的のためにあるようなもので、高級感は二の次といった感じです。内装もカットされたスポンジで、ソニーのMDR-CD3000(\50,000)に付属するハードケースに比べると安っぽい感じがします。一応、金属製のヒンジで開閉するようになっているので、耐久性にはそれほど問題なさそうですが。

 とにかく無駄を省いた機能美という感じのデザインです。実際音が良いのですから作者としては何ら文句はありません。

hd600_box_1_s.jpg (10426 バイト)
HeadRoomはこのストレージケースをcoolだと言うが、本当ににそうだろうか?
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内装はカットされたスポンジで出来ている。
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信頼性の高い2-wayプラグ。
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これが問題の左右のカプセルへのコネクタ。



音質
 ヘッドホンの思想には、「原音忠実再生」を重視したものと、「再生芸術」を狙ったものとの2つがあるような気がします。
 オーディオテクニカのATH-W10VTG/W11JPNのような密閉型はまさに「再生芸術」サイドの製品で、ハウジング内に電流が充満しているような響きの豊かさや、たっぷりと量感のある低音があり、これこそ密閉型の醍醐味であると思っています。が、そのようなクセのある音を嫌われる方も多いでしょうし、原音忠実再生重視の視点からもそのような音質は好まれないでしょう。

 HD600はER-4と同じく「原音忠実再生」思想の極右にあるような製品で、透明で開放感のある音質です。HD600はほとんど遮音性がないオープンエアデザイン。周囲の雑音が素通りで入ってきます。遮音性がないのは弱点ですが、裏返せばそれだけ余分な音が逃げやすく作られているということでもあります。HD600の大きなグリルに手を近づけていくと、5cm以上離れたところでも微妙に中高域が変わっていくのが分かります。それだけ、オープンデザインが音質向上に威力を発揮していると言えるのではないでしょうか。

 HD600を使い始めてまず気づくのが、ボリュームを上げても全々うるさくならないということ。歪があったり音のバランスに不備があると、音量を上げたときに刺激的な音になりやすいものですが、HD600ではそれがありません。「大音量」と感じるまでボリュームを上げて行くと、Cosmic(ヘッドホンアンプ)12時方向くらいまで上げてもうるさく感じません。HD600のインピーダンスが高く、大音量が出にくいこともあるのですが、それ以上に全可聴帯域でバランスがよく、ひずみの少ない音質のおかげでしょう(注:聴力は大切にしましょう・長時間大音量で聴かないように)。

 若干、高域に癖があるとする意見も見られますが、作者には気になりません。高音の聞こえ方には若干装着位置が関係しているようで、ベストの装着位置を探っていくと、しっかりと鳴ってくれます。

 得意分野のクラシック音楽では、そこらのヘッドホンでは歯が立たないほどの表現力を誇ります。とにかくバランスが良い。一見、派手な音ではないけれど、周波数特性のチューニング、超軽量アルミニウムヴォイスコイルが可能にするトランジェントのすばやさや解像力、二重構造Duofolダイアフラムの低歪み再生・・・などなど、HD600の実力がしみじみと感じられてきます。
 発音体ユニットは、普通のヘッドホンに比べて耳から十分に離れた位置にあり、圧迫感が少ない音質になっています。そのため、不快な頭内定位感も柔和です。バイオリンやフルートのソロのような、マイクの間隔が狭い録音は特に定位感が良好。HeadRoomのプロセッサをONすれば、バイノーラル的な風味を持つ音の広がり感が楽しめます。クセが無く、軽やかで開放な音は、密閉型では楽しめないと思います。
 生楽器の中でもピアノは特に再生が難しいと思います。単独でオーケストラ並みの音域を持ち、立ち上がりもパルシヴです。倍音成分を綺麗に再生するには低歪でないといけません。そのピアノを、HD600はER-4を除いて、作者が試聴した他のどんなダイナミック型ヘッドホンよりもうまく再生しているのではないかと思います。周波数特性に山谷が感じられず、倍音も分離して綺麗です。立ち上がりのシャープさも十分です。
 オーディオテクニカのATH-W10VTGやATH-W11JPNですら、HD600の後に聴くと、変な音質に感じます。どうしても中低域のコモリや中域の不正確さ、中高域の歪み感などが目だってしまうようです。HD600のおかげで、従来はコンデンサ型の独壇場であった高忠実度再生が、より身近に、手軽に楽しめるようになりました。心の底から「ああ、ダイナミック型もついにこんな領域に達したのか・・・」としみじみ思います。8Ωのラウドスピーカーの入った(!)NAPOLEXのヘッドホンを使っていたころに比べれば・・・・


 HD600はクラシック向きと良く言われます。そのことは間違いありません。それで、ロック(ポップス)音楽には適さないのではないかと考えている人がいるかもしれませんが、HD600はどんな音楽もそつなくこなすオールマイティなヘッドホンです。
  ポップス・ロック音楽もデジタル技術が導入されてから、かなり高音質化が進んだように思います。原音忠実とは違った視点から、EQ、パンポット、コンパンダ、デジタルリバーバレータなどなどの機器を駆使して、実に積極的な音づくりがされています。金属板エコーやテープエコー等を使っていたビートルズ時代とは、まるで異なる音楽のようです。
 このようなハイテク機材で音作りされた音楽を、余すところ無く心地よい音質で再生するのは決して簡単ではないと思います。そういう音楽を、ポップな味付けをされたPortaProなどの手軽なヘッドホンで聞いても良いのですが、ディスクに収録された音を余すところ無く楽しむためにはHD600のような忠実度の高いヘッドホンで再生したいものです。

 高音はスカッと心地よく抜けます。とりわけ、音の悪いヘッドホンではシャカシャカ、チンチンとうるさいだけの高音楽器が、シャキシャキ、シーンシーンと耳をくすぐるような爽快感のある音に生まれ変わります。分離が良いので今まで気づかなかった細かなドラミングパタンにも気づかせてくれます。他のヘッドホンとは比較にならないくらい良く出ているのに、耳あたりがとてもソフト。丁寧で、超高域まで素直に伸びているという感じです。
 ボーカルはソフトかつ繊細で、とりわけ「サ行」のような炸裂音もまったく自然で、うるさくありません。HeadRoomのプロセッサをONにすれば、ボーカルが顔の前にポワンと浮かぶような感じが楽しめます。
 低音は、堅く引き締まっていて、質感があります。しばらくの間、ややダイナミック型の名残のような粘り・うねりを残しているような気がしましたが、時間の経過と共にタイトさを増し、使用開始から6ヶ月以上もたつと、HD600独特の堅く引き締まった歯切れ良い低音が出るようになりました。「この低音はHD600でないと出ない」と思われる場面もあります。量的には多くも少なくもなく、音楽に合わせて適度に出てきます。ソースが良質ならば、質感・量感ともに満足の良く低音が聴けます。PortaProのような重低音バリバリと思わせるほどのものではありませんが、決して不足はありません。もし不足と感じたならば、トーンコントロールを使えばよいではありませんか。HD600ならば多少低音を増強しても、音を破綻させることなく優れたリニアリティで対応してくれ、効果が手に取るように確認出来ます。

 



周波数特性
 周波数特性は-3dBポイントで16-30,000Hzと驚異的で、-10dBポイントでも12-38,000Hzとコンデンサ型並にワイドレンジです。これなら、次世代オーディオフォーマットにも余裕を持って対応できるでしょう。その上、周波数特性のカーブはER-4と同じくdiffuse-fieldラウドネスに準拠しているため、バイノーラル再生用のヘッドホンとしても最適です。バイノーラル録音用のダミーヘッドとして放送局などでの採用実績のあるノイマンKU100のような製品は、スピーカ再生をも視野に入れ、diffuse-fieldに設置された場合にフラットな音になるように音響的なEQが掛けられています。これは言い換えればdiffuse-fieldカーブに準拠した周波数特性を持つヘッドホンで再生したとき、リスナーの鼓膜で正しい周波数特性が再現され、ベストな再生結果が得られるということです。さらに、最近注目されているドルビー研究所のDolby Headphoneも、diffuse-field EQ仕様のヘッドホンに最適化されていると聞きます。Dolby Headphoneは既に一部のパソコン用ソフトウェアDVDプレーや、DVDプレーヤ、AVアンプ、MDプレーヤに搭載され出回っていますが、これからも少しずつ普及していくものと思われます。いろいろなメーカの、いろいろな製品に搭載される可能性があるDolby Headphoneを正しく再生することができるヘッドホンとして、HD600は貴重な存在になりそうです。
 また、diffuse-fieldタイプのヘッドホンは、いくつかのテストで、通常のステレオソースを聴くためのヘッドホンとしても好ましいという結果が出ています。他のヘッドホンに比べると特に中域がクリアになる傾向があり、いっそうの解像力と繊細感のある再生音が期待できます。

これらの点から、ゼンハイザーのヘッドホンは将来性に富むヘッドホンと言えます。


遮音性がないので使用環境には注意が必要
 全般に非常に優れたHD600にも弱点は存在します。なかでも遮音性のなさは、インピーダンスの高さと並んで、実使用上もっとも大きな問題ではないでしょうか。

 HD600はオープンエア仕様の為、遮音性はほとんどありません。掛けていない時と同じくらい、周囲の音が聞こえてきます。ソニーはMDR-F1のインフォメーションで「周囲の音と溶け込ませたほうが暗騒音化が起こらなくて良い」と言っていますし、周囲の音が聞こえたほうが、電話の呼び鈴にも気付くことができて便利な面もあります。

 まわりが静かな場合はこれで良いのですが、騒音があると、折角の解像度が台無しになります。周囲に騒音がある場合、微小音は大きな音にマスクされてしまい、聞き取りが極めて難しくなります。そのために音量を上げすぎると、大音量で耳を痛めたりする危険も増します。静かな家庭環境の中でも、パソコンのファンの音やエアコンのエアフローの騒音は、気になることがあります。

 遮音性がないということは、スタックスのイヤースピーカ同様、試聴が大変難しいヘッドホンということです。値段が高いだけに、どうしても買う前に試聴しておきたいところですが、なかなか良い試聴環境の整ったお店はなかなか見つからないので、残念です。東京秋葉原の石丸電気を例に取ってみると、1台のCDプレヤのライン出力を並列に取っているため、音質自体も非常に悪いのです。スタックスの場合、ドライバが専用なのでまだ救いようがありますが、ダイナミック型のHD600は○ーディオ○クニカの怪しいヘッドホンアンプでドライブされているので、余計に信頼性を欠きます。店頭試聴をする場合は、せいぜい全体的な音質傾向を確かめるにとどめ、特に微小音の表現力等は店頭試聴では分からないと諦めるべきです。

 遮音性がないと言うことは、逆に音漏れも盛大ということです。深夜、隣で子供が寝ているような状況や、移動中の使用には適しません。電車の中で大型オープンエアを使うのはやめましょう。

 


装着感
 音質だけでなく、装着感もヘッドホンの価値を決める重要な要素です。HD600の装着感は、同クラスのヘッドホンの中ではかなり良いほうに属すると思います。側圧(締め付け)はやや強いのですが、ベルベット調のイアパッドは皮膚にあたる面積が小さく、感触がソフトで、長時間着けていても通気性も良いので蒸れません。楕円形のイアパッドは掘りが深く、ドライバーユニットは耳からずっと離れた位置にあります。ですからイアパッド以外の部分が耳に直接触れることはありません。HD600をしばらく使いつづけてからオーディオテクニカのヘッドホンを掛けてみると、円形のイアパッドだけでなく、ドライバーユニットを保護している透過布の部分までも耳に押し付けられる感じで、耳に違和感を覚えました。
 作者は眼鏡使用者なのですが、不思議なことにHD600では眼鏡を掛けていることが苦になりません。

 カプセル(発音体ユニット)は、それを支えるリング状のハンガの中間点あたりを中心に回転することができます。写真からは分かり難いですが、カプセルを支えるハンガも垂直方向を軸として回転することができます。この機能のおかげで、さまざまな大きさ・形の頭に対応することができるようになっています。

 ヘッドバンドには4つの部分に分かれたパッドが付いています。HD600は殆ど側圧だけで固定しているようなもので、ヘッドバンドから頭に加えられる圧力はわずかです。

 重量も比較的軽く、密閉型のATH-W10VTG(370g)やMDR-CD3000(400g)に比べると、HD600の260gというのはとても軽く感じられます。

 普段あまり気づかないものですが、入力コードも装着感を微妙に左右します。たかがコード、と馬鹿にすることは出来ません。HD600では入力コードが左右別々なので重みが左右均等に掛かり、コード自体も一般的な布打ちコードと比べると、軽くしなやかなので、快適に使えます。

 タッチノイズは、コードが大変柔らかいので、極端に少なくなっています。柔らかい、ソフトな感じのコードですが、強靭なケブラ繊維で補強してあるので、簡単には断線しないようになっています。実用的な入力コードです。

(追記)側圧について
 一部では側圧が強すぎるという話が聞かれます。作者も顔が大きい方なので、買ってきた直ぐの状態ではややそのように感じられました。
 が、実は側圧はゆるめることができるのです。やり方は原始的で、イヤカップとヘッドバンドの中間にある、金属の部分(出し入れする事ができる部分)をすべて出した状態で、外側に向かって曲げて、クセを付けてやればよいのです。 (これには相当に強い力を加える必要があります) これは、一昔前のデザインのヘッドホンでは、一般的なやり方でした。なお、あまり側圧を緩めすぎると低音が逃げてしまうことがありますので、適度な側圧を維持するように調整してください。

 


インピーダンスについて
 HD600を導入する上での一つの問題は、300Ωという、国産ヘッドホンには見られない高いインピーダンスと決着をつけることに有るでしょう。
 HD600のインピーダンスの話題になると、普通のヘッドホンジャックでは音量が出ない、音が悪くなるので単品ヘッドホンアンプがないと是非とも必要だとか、そういう話ばかり出てきます。しかし実際には問題になるのはポータブルプレーヤで使う場合くらいです。
 300Ωというのは一般に考えられているよりは扱い易いものです。それほど心配する必要はありません。普通の据え置きCDPや、アンプ付属のジャックやらでドライブする分には、まったく問題ないと思います。作者の実験では、パソコンのサウンドカードに直につないだ場合や、ラジカセやミニコンポでも十分な音量が得られましたし、とくに音が歪んだりすることもありませんでした。予算の少ない方は無理にヘッドホンアンプを買おうとせず、まずは、手元のヘッドホンジャックでHD600の高解像度を味わってみることをおすすめします。全体的な音質はヘッドホンの品質で決まってしまうのですから。

 逆にインピーダンスが高いことによってもたらされるメリットもあります。もっとも効果が分かりやすいのは、残留ノイズが耳につきにくくなるということ。残留ノイズはボリューム位置に無関係に出るノイズで、ヘッドホンのインピーダンスが低く、能率が低いほど、残留ノイズは小さくなります。

 ヘッドホンアンプ導入による音質の変化は微妙なものです。普段使いのヘッドホンジャックから気に入った音が出てくるならば、無理に導入するほどのものではありません。予算が限られているとき、優先するのはヘッドホンです。それは、オーディオ機器の中でも、電気信号を空気の振動に変換すると言う音の出口(出音部)としてスピーカやヘッドホンはもっとも完成度が低く、音質にとても大きな影響をもっているからです。「まずは良いヘッドホンを手に入れること」。そして、そのヘッドホンが気に入り、ポテンシャルをフルに発揮したくなったら、ヘッドホンアンプの買い時です。

 ポータブルユニットでの使用は微妙なところです。ポータブル機器は電源電圧が低いということと、消費電力を抑えるということから、ヘッドホンアンプ部が貧弱な事が多く、インピーダンスの高いHD600を駆動するには十分とは言いにくいことがあります。
 16Ωに対して5mWの出力が得られるポータブル機器(普通のMD・CDポータブルは大体5mWくらいです)で作者が実験したところ、音が歪んだり、異音を発するということはありませんでしたが、やはり音量が取りにくい。ロック、ポップス音楽ならば普通に楽しめる程度の音量はらくらく取れるが、クラシックのようにダイナミックレンジの広い録音では音量を目一杯上げてもすこし物足りなく感じることがありました。

 仮に、ポータブル機器での使用がメインで、ポータブルヘッドホンアンプを購入する当てがないというのであれば、HD600は薦めません。普段はホームオーディオにつないで使い、たまにポータブル機器でも使うという程度であれば、HD600は十分おすすめです。

 



●HD580について
 HD580はHD600に先立って発売されたヘッドホンです。型版から分かるように、HD600よりも下位に位置するのですが、HD600とHD580は同じドライバーユニットを使用するなど、殆ど同じヘッドホンとなっています。HeadRoomによると、HD580とHD600の違いは以下のとおり。

 ・HD600の背面のグリルはステンレス製。HD580はプラスチック製。
 ・HD600の楕円状のハウジングはカーボンファイバ製。HD580はプラスチック製。
 ・HD600ではドライバユニットのマッチングをより厳しく行っている
 ・HD600には簡易的なストレージボックスが付属する

 要するに、HD600はプラスチックよりも強靭な素材を利用して制動効果を高めているので、不要な振動による音のにごりや「鳴き」が少なく、バランスもよく追い込んであると言うことになります。

 実際にHD580の音を聞かせてもらったのですが、一聴してHD600と見分けられるほどの違いは認めませんでした。コストバリューも考慮に入れると、HD600以上に驚異的な魅力を備えたヘッドホンだと思います。入門者にはうってつけの機種。国内定価(ゼネラル通商)を比べてみると、HD600 \69,000に対しHD580 \50,000となっていますが、実勢価格でもHD600が\52,000程度、HD580が\38,000程度ですから、結構な差が有り、HD580の買い得感は高いと言えます。もっとも、趣味としてのオーディオでは使う人の満足感も影響してくるので、そう簡単に割り切って考えられるものでもないでしょうが。HD580を買ってから後悔しないように、良く考えて購入しましょう。ヘッドホンを「音楽を聴くための道具」と捉えられる方には願ってもないヘッドホンですね。

 将来、ヘッドホンアンプを導入するかどうかで選んでも良いでしょう。ヘッドホンメインのシステムでないなら、HD580一発買いで止めておくのも手です。HD580だけでも、他のヘッドホンに比べれば大変優れた音質です。逆に、ヘッドホンオンリーのシステムを組むなら、最初は多少無理してでもHD600を買い、余裕が出来たらさらにヘッドホンアンプを導入したいものです。音楽の細部を顕微鏡的に探求できるシステムが出来上がります。

 残念ながらHD580は既に生産中止となっており、ゼネラル通商の2000年版カタログからも既に姿を消しています。残るは在庫処分のみとなりますが、運がよければまだ入手可能でしょう。

 HD580の後継機には、HD590という、Bionetic人間工学デザインシリーズのヘッドホンが控えています。ややドンシャリであるなどと言われ、世間での評価はあまり高く有りませんが、作者は自然な音の定位感を売りにした、良いヘッドホンだと思います。惜しくもHD580の逃しても、購入を検討する価値は十分にあると思います。いずれのモデルも、国産のトップクラスのダイナミック型ヘッドホンと比べても、クセの少ない上品な音質を備えています。

 



●国内版のメリット  
 値段が高い国内版ではなく、安く入手できる海外通販にチャレンジする方や、並行輸入品に目をつけている方もいらっしゃるとおもいますが、後々の保証や初期不良のことも考えておきましょう。HD600の場合、各種消耗品やカプセル、コードなどは、ゼネラル通商の正規登録ユーザでないと販売してくれない公算が大きいです。

 ヘッドホン通販会社のHeadRoomは、商品管理の甘さも一部報告されており、万一の初期不良や、保障期間内の故障が起きたときのことも考えておくことが必要です。



●(補)考察1:HD600 vs ER-4(私見なのであまり深く考えないでね)
 HD600とER-4はとても音が似ています。どちらもdiffuse-fieldカーブに準拠しているためでしょうか。強いて違いを言うと、ER-4の方が中域が良く出ていて、明瞭さやメリハリがあります。HD600の方が大人しく、ボリュームを上げてもうるさくならないですね。特に耳につきやすい「サ行」もマイルドです。
 HD600は、Headroomが測定したグラフでは、200Hz-1kHzがややカマボコ型に盛り上がっていて、それ以降はやや控えめにカバーしています。これがこのような音質の説明になるのではないかと思います。高域の量は、ER-4B(白チップ)と同じくらいでしょうか。HD600よりもER-4Bの方がシャープな高音で、音のツブツブが鼓膜にぶつかってくる感じです。HD600の高音は耳あたりがよく、素直に超高域まで伸びている感じがします。ER-4の場合、超高域は出ていないわけではありませんが、リファレンスカーブからのズレは少し大きいようです。

 しかしながら、それ以外の帯域の正確さではER-4が一歩上を行きます。正確さが要求されるバイノーラル録音やバーチャルリアリティでは、ER-4Bの方が安心、という一面もないではありません。また、純粋な解像度では、ER-4に分があるように思います。普通の音楽では殆ど違いが分からないのですが、ピアノやバイオリンのソロになってくると、微妙なところですがER-4の方が、一枚上手だと思います。
 HD600だけを聴いている分には、音の透明度や解像度に全く不自由なく、どんな音楽でも立派に鳴らし切っていると思えます。ところがER-4Bに切り替えると、さらにもう1枚、薄い膜が剥げた感じがします。ER-4は中域が明瞭で、ヴァイオリンの弦の擦れや音の細かな揺らぎ、ピアノのピアノ線をハンマーが叩く瞬間の音や倍音が聞き取り易く、分離の良さでも優位に立っている感があります。特に、印象派のラヴェルの作品でピアノの低音を「ドーン」と鳴らしてペダルで音を持続させているときの、他の音との分離の良さではER-4が良好でした。

 ロックを聴いている分には、殆ど解像度の違いは感じられません。どちらも透明な音質で、甲乙付けがたいものを感じます。HD600の方がドライバーユニットが耳から離れたところにあるので、圧迫感が少なく、聴きやすい音だと感じました。中域がやや控えめで、音量を上げてもうるさくなりません。低音は、HD600の方が鼓膜以外の部分も揺すぶるためか、ER-4よりも堅く、迫力があります。逆に、ベースの低音の密度感とか、バスドラムの「ボスッ」と空気の揺らぐような感覚の表現はER−4が上手のように感じます(聴き取りには慣れが必要?)。

 このような微妙な音質の違いは、普通に聞いていれば全く気になりません。音の広がり感や開放感では断然HD600が有利なのは言うまでもありません。ホームユースが主で、気張らずにごくごく普通に音楽を楽しみたい方には、HD600の方がおすすめです。

 HD600 v.s. ER-4に関しては、むしろ、装着感と遮音性で考えるのが分かりやすいと思います。

 ER-4の純粋な解像力には驚異的なものがありますが、その独特な装着感、特殊な低音、脳みその芯に響いてくるような音の鳴り方など慣れを要する部分が多いのが欠点です。慣れると、軽くて蒸れない、邪魔にならない、とても快適なイヤホンですが、装着に要する時間など問題も多く、疲れているときには遠慮したくなります(ちょっとトイレに・・・と言うとき脱着に時間がかかるのがね)。

 HD600はこのような、ER-4の「非・普通なところ」を補って余りある、すばらしいヘッドホンです。HD600なら自然で開放的な音が、快適な装着感やと相まって、ヘッドホンを掛けていることを気にせず、気楽に聴けます。

 逆に、HD600には遮音性がないので、騒音の多い場所で音楽を聴きたい方にはER-4がおすすめです。室内使用でも、作者のようにパソコン等の騒音に悩まされている方や、勤め先で使おうと言う方にはHD600はあまり向いていません。

 HD600とER-4の両方を持つ作者としては、互いに補い合う存在として考えています。普段はHD600を使い、移動中、周囲に騒音があるときはER-4が便利。寝転がって使うときも、ハウジングが邪魔にならないER-4が便利。繰り返しになりますが、HD600は、ER-4に音が大変良く似ています。ER-4を気に入っている方が補助的に使うヘッドホンとしても、最適のヘッドホンと思います。

 


●(補)考察2:HD600 vs STAX(私見なのであまり深く考えないでね)
 スタックスv.s.HD600というのは難しい話題です。どちらもとてもよいヘッドホンで、見方、使い方によって勝敗はどちらにもありえるでしょう。

 弦楽器の表現力には、スタックスに定評があります。これは静電型特有の音だとか、ドライバユニットの真空管が特殊な歪み方をするからだとか、いろいろ言われていますが、本当に「美音」という表現がぴったりの音を聞かせてくれます。最近のスタックスは「力強さ」にも随分と気を使っているようで、質感があり腰が強い低音も魅力的。良質なドライバユニットが数種類用意されている点も見逃せません。静電型ならではのワイドレンジを、超広帯域の最新鋭・石ドライバがサポートすると言う形で、新世代オーディオの対応度でも先行しているように思います。特にスタックスの最上位機種Ω2の音は、スケール感がものすごく、それはスピーカでも得ることが難しいような濃密な空気感までも表現しているものでした。再生芸術を極めている、大変素晴らしい音です。また、スタックスの製品は、無味乾燥な工業製品ではなく、オーディオのロマンや「所有する喜び」といった、精神的な満足度も満たしてくれるように思います。

 スタックスは「静電型は最も理想的な発音体方式である」という一貫した信念と、製品を纏め上げる十分な技術力を持っています。こんなメーカは、国内にはスタックス以外ないのではないでしょうか。新製品がなかなかでないというのも特徴的。これは一度出した製品に対する自信の現れと受け取ることができます。普通のメーカは、技術的な進歩がなくても、「売る側の都合」で新製品を出すことが多いものです。

 逆にHD600は音響工学を応用したハイテク・ヘッドホンで、いかにも工業の国ドイツのメーカの製品、というイメージがあります。ER-4同様、科学的で客観的な視点での良い音を目指す方針が感じられます。ゼンハイザーの高級ヘッドホンの多くはdiffuse-field EQ仕様(厳密性には疑問が残るが)となっており、diffuse-field EQ仕様のヘッドホンは、リスナーの鼓膜での周波数特性がdiffuse-fieldと呼ばれる音場での鼓膜の周波数特性と同一になるように作られています。バイノーラル録音を聞くとき、ヘッドホンプロセッサを使うときには、ヘッドホンの種類が異なっても、鼓膜では一律な特性が得られるメリットは大きいのではないでしょうか。

 HD600やER-4が音響工学的な正確さを貫こうとしているのに対して、スタックスはピュアな音楽再生において美しい音や心地よい音が出るように、ある意味主観的に音作りをしているように思われます。スタックスとHD600(或いはER-4)では、音作りの方向性が違うということです。一律にどちらが優れているとは、言い切れません。科学的に正確な音と、人間にとっての良い音は、必ずしも一致しないでしょう。オーディオファンの方ならば、音響工学云々という青臭い?理屈は、良い音とは切り離して考えることができるでしょう。Ω2とHD600を両方所有されている方には、Ω2に軍配を上げる方が多いものです。スタックスの音作りが非常に良いのは事実であって、作者も純粋な楽音再生ではΩ2にかなうヘッドホンを見つけるのは非常に難しいと思います。

 実用的な面から言えば、HD600は入手方法を工夫すればΩ2をはるかに下回るコストで入手可能ですし、使い勝手でも優れています。コンデンサ型はドバイバユニットが無いと使えないというのが結構不便です。一般のオーディオ機器にはヘッドホン端子がついているものがたくさんありますが、コンデンサ型ではそれが利用できません。「ちょこっとモニターしたい」ときにも、いちいちラインケーブルで接続する必要があります。HD600なら、その気になればポータブル機器でも使うことができます。これからヘッドホンをメインにしたオーディオシステムを組んでみようという方には、大いに魅力的なヘッドホンといえるでしょう。但しスタックスと背比べをしようと言うのなら、単体ヘッドホンアンプは是非とも導入しましょう。ヘッドホンアンプも、探せばスタックスの高級ドライバーユニットと比べても遜色ないものを見つけることができます。Headroomのデュアルモノのヘッドホンアンプなどは、ちょっとやり過ぎでしょうけれども・・・(Headroomに言わせればHE60/HEV70以上の音が出るそうです)。

 



スペック:HD600

周波数特性 16 - 30,000Hz (-3dB)
12 - 39,000Hz (-10dB)
型式 ダイナミック型、オープンエア
周波数特性カーブ diffuse-field loudness準拠
インピーダンス 300Ω nominal (at 1kHz)
感度 97dB nominal (at 1kHz)
許容入力 200mW (DIN 45580)
THD 0.1%以下(DIN 45500)
装着形態 耳覆いタイプ (circumaural)
側圧 約 2.5N
重量 260g (w/o cable)
プラグ 3.5 / 6.3mm両対応 2-wayプラグ
入力コード OFC、3m

 

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 「CDやDAT、カセットなどに直接つながる」と書いてありますが、確かにそれはコンデンサ型にない長所かもしれません。

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